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La Novia〜No return to be the way we were〜

White dress makes me feel light in my anxiety for my life

Tears running from my eyes make you feel look I am so happy

You cannot see inside my heart

I get a doubt whether you are loving me

You don`t know what I feel and see at the moment

I try to give this ring back to you

I cannot believe your love and everything

Mistery is in my heart for you

Happening is in your heart for me

No return to be the way we were anymore

Hard to find confidence to know you more......

サンタモニカの風〜カリフォルニア滞在記〜

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〜サンタモニカの爽やかな絵になる風景〜
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サンタモニカの風
 
来て 見て 来て 見て サンタモニカ
来て 見て 来て 見て サンタモニカ

甘い海風吹いて 髪を優しく乱し
ピアにもたれていたら 鳥が飛び交うビーチ
波の音さえ素敵 陽気な子供達は
砂の城を沢山つくり無邪気にはしゃぐ

2人旅なら アバンチュール
1人旅なら メランコリー

来て 見て 来て 見て サンタモニカ
来て 見て 来て 見て サンタモニカ
サンタモニカから旅の続き
愛しい人に知らせたい・・・・

沖のヨット眺めて カフェでのんびりしよう
椰子の木 風に揺れて 心虚ろになって
青い空が曇って 雨を降らすみたいに
ビーチには人影が急に疎らになった

いつか誰かと バカンス
だけど今度は ロンリネス

来て 見て 来て 見て サンタモニカ
来て 見て 来て 見て サンタモニカ
サンタモニカには 夢が溢れ
愛しい人と過ごしたい・・・

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早春の或る夜、日本からロサンゼルスに飛んだ!入国審査が以前より更に厳しくなっていた。当時、オーストラリアやニュージーランド、カナダのワーキングホリデービザを持っていて、これを見た入国係官がアメリカで働くんじゃないかと疑い出した!そこで別室に連れて行かれて、なぜ米国に来たかと尋問攻め!担当者が次々変わり、または初めから今回の旅の目的やプライベートの事を聞かれ、挙句に質問攻めに疲れていた。そこに空港内で通訳・サポートを担当していた日本人の方がいらして、彼女に係官の方が私がアメリカで働く恐れがあると疑っているので、説得してくれませんか?と頼んだ。確かにパスポートに他の国の労働許可のビザを持っていればそう思われても仕方ない。だからこれ以上、自分から何を言っても駄目だと分かると彼女に頼る他なくて、彼女に立ち会ってもらった。私は当時、カリブ海の島へ旅の為に米国を訪れて、そのついでにカリフォルニアを旅するつもりだった。でもなかなか信じてもらえず、大変だった。米国に友達はいるか?ときて、ここで居ると言ったら、これこそ働く為の斡旋なのかと、形振り構わず推測されて、友達に迷惑を掛けるので、ここでは一切、米国に友達は居ません!と言い放った!これははっきり言って嘘ですが、友達に連絡を取られて、迷惑を掛けたくなかったので、こんなこともないかと予め、友達の連絡先はデジカメの中とかに上手く搭載していたのが、正解で堂々とそう言えて、かなり自信たっぷりに答えたので、効果があり、すぐ傍にいた日本人の方が、それだけ英語ができるなら大丈夫だねっとその場を去っていった。そこでまた別の係員によっての最終チェックか、また同じ様な尋問を受けて、ここで当時持っていたカリブ海のガイドブック(ロンリープラネット)を提示して、詳しく旅の内容を説明した。すると米国では働くことは認められない!旅が終わったら日本に帰って働くんだよね!と念押しされた。相当不法就労の疑いを掛けられているなぁと思い、カリブ海に行きたくてこの米国に来て、そのついででカリフォルニアを旅したいと思っているのにあんまりです!と自分の思いを係官にぶつけると、オーケー分かったとパスポートに入国スタンプを押してくれた。そして別室から出れて、荷物も手に出来て、空港を出る為に税関へ向かう所でまた尋問があり、流石にこのときは疲れて何も話したくない!答えたくない気持ちだったのが、こいつ英語喋れないらしいなぁと同僚と話していた。だから手でゴーと示されて解放された!あの時何か言っていたらまた別室に逆戻りかもとこういうときは何も言わないほうがいいと、今までの経験で体で覚えていたのが幸い、いい結果となり、無事、空港を出れて、市内に向かい、ロスの郊外に住む友達のところに電話を掛けて、着いたことを知らせた。友達はロスから南へサンディエゴへの途中に住んでいて、そこへ行くのに鉄道に乗るため、ロサンゼルスの中央駅からその友達の住む最寄の駅まで列車で向かった。米国の列車は座席が広く乗り心地がいい!でも車窓は曇り空で、その最寄の駅に着く前に雨がザーザー降り始めていた。そこから友達の携帯にまた電話して駅に着いたことを伝えなければいけないのだがその駅には電話が無く、駅に隣接したレストランに入り、今すぐ友達に電話して着いたことを知らせないといけないから電話を使わせてほしいと頼み、快くマネージャーらしき人が私の為に電話を掛けてくれて、やっと着いたことを知らせることが出来た。30分くらい掛かるから、そこで待っててといわれ、そのレストランで待つこととなった。それから30分後、友達が姿を見せ、その友達のお兄さんの車で雨の中、その駅から10分くらいの所のハイウェイ沿いの閑静な住宅街へその夜、辿り着いた!家に着くと早速、手料理を頂いた。この日、日本からの長いフライトで、着いてから何も食べてなかったので、その手料理が大変有難かった!実は私の友達はアフガニスタン生まれでヨーロッパで育ち、米国に移住したので、アメリカでも祖国アフガニスタンの料理をいつも振舞っていた。私たちは随分前にモロッコのメクネスのネット屋で知り合い、その後一緒に地元の家に招待されて意気投合してやり取りが長く続いていた。しかもその数年後、オーストラリアに渡る前に偶然マレーシアのペナン島で同じネット屋にいたらしく、私が使おうとしていたコンピューターのホットメールのアドレスがどうも見覚えあり、良く見るとその友達のものだった!確かにその日そこにいたのが分かり、メールを送ると、やはりそこにいたらしく、メールを交換してたら、何とすれ違いらしく、別の観光地:キャメロン・ハイランドに行ってしまったあとだった!だけどその後どこ行くのとメールで聞く首都のクアラ・ルンプールと言うので、どこに泊まるの?と聞き、それから数日後クアラ・ルンプールに向かった。そして泊まる宿を聞いていたのでそこに行き、チェックインをしてドミトリーの部屋のベットの所に居たら、その友達が後からやってきて久しぶりの再会となった。その時のことをいろいろ彼の家で話し盛り上がり、その夜から彼の部屋を使わせて貰いながらカリフォルニアのあちこちに旅する日々が始まった!
 友達は仕事で忙しいので着いた翌日から、一人で出かけるようになった。友達の家の近くから一応バスがあるけれど、まずは近くを歩いて周ろうとはすぐ傍のハイウェイに沿って歩き出し、小さな町に行ったりし、見聞を広めた。とりわけ歴史溢れるような所もなく、ただの田舎の町だったが、アメリカナイズされた店がいくつか点々とあってドライブインっぽく感じ、車社会のアメリカを更に感じた。それから流石に何の面白もない寂れた町に耐えられなくなり、もっと大きな町に出ようとバスを探し、友達と待ち合わせした駅の方に出るのがいいいと思った。それにその近くに古いミッションの遺跡があると聞いていたので、そうと決まればたまたま近くに来たバスの運転手にその辺りに行けるのか聞くと、バスのナンバーを教えてくれた。そしてその番号のバスがその後、やっと来て運転手に確認すると、間違いなくそこに行くそうなので飛び乗り、一日乗車券を買うのがいいと薦められ、それを使って、その駅辺りに向かった。そして町に着いてその駅に向かう途中で、友達から聞いてたミッションの遺跡らしきものが見えた。昔パラグアイでも似たようなものがあったので、カリフォルニアにもあるのかと実際目の前にしてワクワクしてすぐその近くで降りた。そして入り口からして、町の真ん中に居ながらミッションの面影を伺わせるので興味津々で旅心がヒート・アップした!ここはサンファン・カピストラーノというアメリカでもかなり古いミッションで、今でも実際、伝道師が居て、内部には素敵な墓地、教会、古い教会後、緑で埋め尽くされた建物がその古さを物語り、それほど大きくはないけれど、見所があり飽きない!もう250年くらいの歴史があり、教会の鐘もかなり古く、レトロな雰囲気とモダンの雰囲気を兼ね備えていて趣があった!毎年ツバメがやってきて巣をつくるので別名ツバメのミッションとも呼ばれて、実際ツバメの絵が描かれたものをよく目にする。入場料に敵ったところで行ってよかった!それから駅の方を散策市、可愛い雑貨屋や家具の店やセコハン(中古を集めた)店とか巡り、スーパーに隣接していた所でメキシコ名物ブリトーを食べたりして、メキシコ色の強い南カリフォルニアを感じた。その後駅に出て、踏み切りの所に向かい、列車を見に行ってアメリカの鉄道をじっくり見た。アメリカは初めてではなかったけど、一度は列車をじっくり見たかったので、その機会が以外に早く訪れて満足していた。その後踏み切り近くの素敵なカフェにお邪魔したり、また雑貨店があり、覗きに行ったり、愉快な一日を町で過ごし、友達の家に一日乗車券を使って途中大型スーパーに寄りながら戻った。鍵を渡されていたので、問題は無かったけど、みんな帰りが遅いのは聞いてたけど、いざ帰ってきて一人だと寂しかった!スーパーで買ってきたものを適当に調理し、リビングでのんびりしてると、友達のお兄さんが帰って着て・・・次から次と皆が帰宅してきた。友達もやっと帰ってきて今日のことを話し、私はすぐ床についた。そんな日々は滞在中続いた。そしてこの日を皮切りに、近くの海岸線にあるダーナ・ベイに行き、クレモントまで海岸線を歩いて過ごしたり、友達のお兄さんがサンディエゴの動物園まで連れてってくれて、いろんな動物が見れて素晴らしかった。だけどこの夜、友達もみんな急用でみんな揃って出かけてしまい、友達に勧められて車で送られた、歩いてでも行けるくらい近くのレストランのディナービュッフェで時間を潰した。制限時間もなく好きなものを好きなだけ食べれて、いろいろ種類もバラエティに富んで豪華だったので、写真を撮っていたら、近くに在住している日本人親子が話しかけてきた。君、日本人でしょう?観光?この辺で日本人見るの滅多にないからね!写真を撮るのは大抵日本人だからね・・・ここのお店いいよね・・・よく来るんだよと言っていた。私は今夜友達が急用で家を空けてるから、その間ここで時間を潰しているんだよ!と言うとそうなんだ・・・と彼の息子さんが、じゃあまたね・・・と言って先にお店を出て行った。何だかやけに寂しくなり、また食に励もうとデザートを頂き、もうそろそろ友達たちが帰ってくる頃と思い、レストランを出て、ハイウェイを横断して家に戻った。そして玄関先で待ってると10分そこらで友達たちが帰ってきて一安心だった。そして私はすぐ就寝し、翌日の旅に備えた。
 次の日は念願のセント・カタリーナ島に行く日だった。インターネットで出発時間とか分かっていたので、朝バスでダーナ・ベイに行き、港でチケットを買い、セント・カタリーナ行きの船に乗った。そして島を目にした時の感動は大きかった!昔、田原俊彦さんの映画でグッドラック・ラブというのがあって、その映画を小さい頃見た時に、余りに素敵な所だったので大人になったら行きたいと思っていた。そしてその夢が叶い、船が島に近付くと、映画で見た世界が蘇った!素敵なヨットが沢山立ち並び、カラフルな家が埋め尽くす港町アバロンの様子をこの目の中でしっかり覚えていた。そして上陸し、観光案内所で貰った地図を手に、スーパーでお菓子や飲み物を買ったりしながらいろいろ回った。まずは島の中心をさらっと通って、この港町とハーバーと海などが全部見下ろせる所を探し、高台に向けて歩き出し、何とかそれらしい所を見つけ、これだ!映画で見た風景!と感動は更に高まった!素晴らしい眺めで暫くそこに居た。そして下に下りて町に戻り、それから島の真ん中に大分歩いて行き、記念堂のようなところと植物園を見に行き、その高台の展望台から見る町と海の風景が周りの谷間に囲まれて、実にいい味を醸し出していた!歩いていけない距離じゃないけど、熱かったのでお水が足りなくなり、アバロンに着いて慌てて飲み物を買った覚えがある。それから町のシンボル・カジノのある海沿いを横切り、行けるところまで歩いてみたり、また高台に上り、周りの眺めを楽しんだりして残りの時間を過ごした。そしてアメリカ本土に戻る船の時間が迫り、船着場の近くに行き、夕方セントカタリーナ島を後にした。船の中に居た時に、ちょうど夕陽が沈んだ。まるで四角い太陽だった!不思議な形の太陽が水平線に沈み、更なる感動だった。それと共に暗くなり寒さは耐えられないくらい増してきて船の中でじっと包まっていた。そして夜ダーナ・ベイに着き、バスに乗り、友達の家に戻った。その次の日には、バスに乗ってニューポート近郊まで行き、カリフォルニアのベニスと呼ばれるバルボア島に歩いて行き、静かで上品で洗練された、美しい家々が花と共に運河に立ち並ぶ風景に心が弾み、フェリーに乗ってニューポートまで歩いていった。対岸に着いて暫くは天気が良かったけど、海に出てピアに立つと霧が立ちこんでいた。そして段々霧が酷くなり、太陽も雲で隠れてしまい、周りが良く見えなくなってきた。それでも私はめげずに観光を続け、ニューポートまで更に歩いてみた。もうこうなったら景色などどうでもよくなりただ歩いていたら、ニューポートと書かれた文字があちらこちらで見え、目を凝らし歩いてたら、クラムチャウダーと書かれたど派手な外観のお店にバッタリ巡りあい、正にタイミングが良かったので、中に入るとそのクラムチャウダーを注文した。そしてテーブル席でのんびりしてたら絵葉書があり、国内外に無料で出せるからご自由にどうぞと書かれていた。勿論お店の宣伝だけど、ただで世界中どこでもハガキが出せるのは嬉しいことだと、いくつか家族の他に親しい友人にもその絵葉書を送って、美味しいクラムチャウダーを何も味のついていない棒状のスナックをおつまみにして味わった!それから天気は益々悪くなり暗くなり友達のところにいつもより早く戻った。
 そして数日の間、天気は回復せず、何もせずに過ごした。そしてやっと天気が回復した或る朝、サーフィングで世界的に有名なラグーナビーチに行き、久しぶりの太陽の光の癒された。カリフォルニアはやはり太陽がないよ駄目だなぁと改めて思った。そしてその日は友達と過ごす最後の夜となったが、お互い疲れていたので、すぐに眠ってしまった。翌朝、サンディエゴに向かうの荷造りをし、友達は今日はお昼には戻ると言うので、それまで待って、友達が戻ってきたら、サンディエゴに向けて出発しようと思った。そして正午になり、友達が帰ってきて、短いながらいろいろまた話して、家を去るときに、スペイン語でメキシコの名曲であるバイア・コンディオスをさらって歌い、今度のカリブの旅が上手く行くように願っていてねと告げて友達に手を振って別れた。そしてバスに乗り、駅に行き、サンディエゴまで突進した。そしてサンディエゴに宿を取り、市内を散策しながら旅行会社を何軒か当た、りカリブ海のプエルトリコ行きの飛行機も辛うじて安く手配でき、サンディエゴ市内をゆっくり堪能した。次の日には市内から行くのが地理的に回りくどいカブリヨ国立公園に朝から向かった。バスで簡単に行けるけど、半島の僻地にあるので市内からだと手間が掛かる。そして行ってみると確かに見晴らしはいいけど、その他はパッとしなかった。そして市内に戻り、バルボア公園に行き、広いこの敷地にある歴史有る素敵な建物に魅了される。天気が曇ってこなければ、かなり良かった。結婚式も行われていた。そして夕方宿に戻り、サンディエゴ最後の夜を過ごし、次の朝、ロスに戻りハリウッドに向かった!
 そしてハリウッドに着くと、サンディエゴの宿で見つけたパンケーキが自慢の宿にチェックインして、早速ハリウッドを昔みたいに満喫した。いろんなスターの手形のあるハリウッド通りはいつ来ても感動の嵐!私は古い方の方が良く知っているので、手形を発見するたびにそのスターの映画を思い描いてしまう!ともあれ、ハリウッド自体、見所と言っても、後はチャイニーズ・シアターだけど、今のスターには興味ないので、そこは正面を見るだけで素通り!後はサンセット通りまで行き、そのあたりをブラブラするお決まりのパターンで夜になりその日は終わった。そして翌日、念願のパンケーキ!実はこれは生地は予めスタッフが用意してくれて、各自で焼くのだが、これがとても楽しく、形を変えながらいくつか作り、ジャムやバターで頂いた。それから荷物をフロントに預けてもらい、またハリウッド通りを散策しながらサンタモニカに向けてバスに乗った!そして渋滞が続く中、何とかサンタモニカに着き、鳥が飛び交うビーチ、賑やかな海岸線をピアから眺めるひと時に幸せを感じた。サンタモニカ自体どこにでもあるような海辺の町なのに、何故か気持ちがワクワクした。名前のせいだろうか?とにかく思いっきりそよ風を浴びてサンタモニカで海を眺めていると時を忘れてしまうから怖い!その日の夜、プエルトリコへ飛ぶので夕方までにサンタモニカを出て、ハリウッドに戻り、荷物を持って空港に駆け込まないと行けなかった!プエルトリコはアメリカなので国内線だけど、チェックインタイムは国際線扱いなので急がないとと、慌ててサンタモニカを出て、渋滞にまた巻き込まれ大変だったけど、無事ハリウッド通りの片隅まで来て、バスを降りて走って宿に荷物を取りにいき、それから急いで空港へ向けて地下鉄を降りて空港に向かった!そして何とか空港に搭乗2時間前に着き、一安心!そこでカリフォルニアと暫くお別れして、カリブ海の島に旅立った!

テーマ : 海外旅行記
ジャンル : 旅行

私とサンミッシェルの世界で一番のチーズケーキ!




私はケーキ作りが得意で、よく外国の友達の家でとりわけチーズケーキを作った。みんな私のチーズケーキを世界一美味しいと言ってくれるので嬉しい。ニャンギラスじゃないけど、自分でいうのもなんですけれど、自分で作って置きながら美味しいなんて普通に思う。他の人に置き換えても。今回まずはフランスのあのジャンヌダルクの最後の地ルーアンに住む友達の家で作ったアボカドチーズケーキ、そしてインドのバンガロールの友達の家で作ったそのまたアボカドチーズケーキ、そしてシリアのホムス近郊に住む友達の家で作ったチョコレート・スポンジ・ケーキ(シリアにチーズケーキ作れるものあまり無いため)を写真に載せました。私の凄い技は計量せずに何でも美味しいケーキ(アップル・パイ、マーブルチーズケーキ)が作れることです。美味しそうだよね?如何?

北キプロスへの道〜キプロス島の旅パート3〜秋の頬杖〜

南キプロス(ギリシャ側)の旅を終え、ラナルカからアテネに舞い戻ると、早速ピレウス港へ向かった。そしてそこから今夜発のコス島行きの船に乗り込んだ。そして翌朝コス島にたどり着き、そこでトルコに渡るため、船を手配した。コス島はトルコの地中海側にかなり近いことを、以前ギリシャに来たときに分かっていたので、そこからトルコのボドルムに行った。そしてボドルムからトルコ各地を旅しながら、北キプロス(トルコ側)の玄関口であるタシュジュに向かった。そこは海に乙女の塔と呼ばれる古い要塞があるのんびりとした港町でそこから北キプロス行きの船が出てると、トルコ各地の人に聞いて知っていたので、長距離バスでそこに朝着くと、船のチケットを買い、トルコの出国審査を受け、船に乗り込んだ。そして北キプロスの港町ギルネの郊外のところに辿り着いた。船を下りて早速、北キプロスの入国審査があり、パスポートにスタンプを押された。これでギリシャに当分行かれないと覚悟を決めた。そして港を出ると、バスが何台かあり、近隣のギルネ、首都のニコシア(レフコシャ)かファマグスタだった。私は一番遠かったファマグスタを選び、そこから北キプロスの観光を始めようと思った。そしてバスはベネツィア様式の要塞を持つ町ファマグスタに向かい、到着すると見事な旧市街の門に圧倒された。南と違い、ちょっと暗い気がしたけど、地元の人が南の人よりも陽気でフレンドリーに感じた。そして素敵な城壁の中の道をクネクネ歩いて安宿を探した。地元の人に泊まるところを聞くと、ここだよと何の看板も無い建物を指差され、恐る恐る入ってみると、ベットが何台かあって、どうやら宿のようだった。ドミトリータイプの素泊まりの宿っぽく、大丈夫かなぁと思いきや、宿の人も泊まっている人も感じのいい人で、とりあえず荷物が重たかったので、荷物を降ろし、南と比べるとかなり格差があり、びっくりしたけど、これも悪くないとそこに泊まることにした。そしてそれから旧市街を散策しに外に出て、こじんまりした旧市街の雰囲気に魅了された。そのうちに暗くなり、城壁の門のところを歩いてたら、デンマークから来た中年のカップルに出くわし、珍しく思ったのか話しかけてきた。君、どこから来たの?北キプロスに何で来たの?と聞かれ、いろいろ話した。そして何か分からないことあるなら、何でも聞いてと、もう滞在がかなり長いらしく頼りになりそうと思い、明日郊外のサラミスの遺跡を見に行きたいんだけど・・・どうやって行ったらいいですか?と聞くと、ヒッチハイク!と云われ、経験がなかった訳じゃないけど、やはり安全とはいえないので怯んでみると、北キプロスの人は親切だから大丈夫!南よりもフレンドリーだからと云われ、私もそう思っていたので、同感だった。すると何だかやってみようと思い、その時彼らとはそこで別れ、私は宿に戻り、明日の為の計画を考えていた。彼らから町外れのどの辺りでヒッチハイクすればいいかもレクチャーを受けていたので、翌朝目を覚ますと、早速市内で朝食を食べて、お水を用意し、その町外れのヒッチハイク・ポイントの所へ、教えられた通り、行ってみると早速ヒッチハイクを実践した。久しぶりのヒッチハイクで緊張したけど、やってるうちに慣れてきて、早速車が止まり、サラミスの遺跡まで楽に行けた。この遺跡は規模は小さいけれど保存状態がよかったので、それなりによかった。その後も遺跡をいくつか見て町に戻った。しかもすべてヒッチハイクでやってしまった!その次の日は旧市街をじっくり歩き、大聖堂があったので入ってみると、中はモスクだったので、そうだ、ここはトルコ側なんだと大笑いしてしまった。てっきりキリストの十字架が中にあるのかと思っていたので晴天の霹靂だった!そして、その後は海沿いに出て、ビーチを歩いたりした。すると前に会ったデンマークの中年カップルと再会し、サラミス行けた?と心配されていて、光栄だった。大丈夫!サラミスやその他の遺跡もみんなヒッチハイクで行けたから!というと、その後は彼らと意気投合し、食事をご馳走になった!旅に出て旅先で、また旅人にこんなにお世話になるなんてと、わざわざ面倒な手段で北キプロスに来た甲斐があった!そして彼らといろいろ旅の話しをし、私は更に海沿いを散策し、彼らは南キプロスとの境にある特別地区を訪問できる許可を貰ったらしく、これから見に行くんだよと言っていた。確かにファマグスタから南キプロスの領土が見え、背中合わせだったから、その間がどうなってるか興味はあったけど、許可がない私は着いて行けないので、ただただ見送るばかり!その後、地元の若者と触れ合ったりして、のんびり過ごした。そして翌日には首都のニコシア(レフコシャ)に日帰りで観光に出かけた。朝早くからのヒッチハイクも上手く行き、レフコシャにすぐ着くと旧市街の門の美しさに感銘を受けた。ギリシャ側はそれほどではなかったので、トルコ側に来て新たな発見があったと嬉しくなった!私は門の中にあるインフォーメーションに入り、地図を貰い、見所を一つ一つ教えてもらった!丁寧の教えてもらえたので、ギリシャ側と全く違い好感触だった!トルコ側はやはりイスラムなので、ギリシャ側と異なり刺激になった。ギリシャから一気にトルコに入り、イスラムには接してはいたけれど、この町に来て、グリーンラインの所に近付き、いざギリシャの兵士を見てしまうと、もう私はイスラムのトルコに来てしまい、ギリシャにもう行けないんだなぁと感じると気持ちが暗くなった。でも町を歩いているうちに元気のなり、いろいろ歩いていたら、ファマグスタで会ったイスタンブールから観光でやってきたトルコ人とばったり再会し、その後彼らとまたいろいろ散策をした。その後は彼らと分かれ、私はまたヒッチハイクでファマグスタに帰った。その次の日には山の中にある心待ちにしていたヒラリオン修道院に行った。ファマグスタからレフコシャを経由してその修道院へ向かおうとしてヒッチハイクしてたら一台車が止まり、修道院に行きたいと言ったら私たちも行くから乗りなさい!と言うことになり、彼らと向かったのが、ベッラパイス修道院で別のものだった!彼らはロシア圏から来ていて北キプロスにバカンスで来たらしく、あまり観光地に関して知識が無かったのでこれまた仕方ない!素敵な所だったが、私が行きたいのはヒラリオン修道院だったので、彼らにヒラリオン修道院への道の所で降ろして貰い、後は歩いて険しい坂道を登った。そして辿り着いたこの修道院は今は廃墟だったが、昔の面影を偲べる所でそこから海やキプロスの大地が臨めて雄雄しい眺めが最高だった。その後山を下ってると、欧米人カップルが車を止めてくれて、レフコシャに向かうから乗ってかないかと云われ、レフコシャまで送ってくれた。ところが私はファマグスタに泊まっているので更にレフコシャからヒッチハイクしないといけなくて、暗くなる中、何とか車を拾い、無事ファマグスタに戻ることが出来た!そしてその夜が最後のファマグスタの夜となり、最後に旧市街をじっくり愛着を持って歩いてみた。そして翌朝、私は最後の観光地ギルネに向かった!トルコ本土に向かう船が近いので最後の数日はそこで過ごすこととなり、当時混んでいたけど、何とか安く泊まれるところを見つけられた。そして素敵な夕陽を見ながら残りわずかな北キプロスの旅をより良くしようと思った。そして翌日、市内観光しながら港を散策して、ギルネ一番の目玉キレニア城に入り見学した。城から外の眺めが格別だった。あっという間に観光も終わり、宿に戻ると、何とレフコシャなどで会ったトルコ人の一人と再会した。これからビーチに行くので、一緒に行こうと云われ、バスに乗ってそのビーチに行った。もう見るところなかったので、ビーチでのんびりするのもいいなぁと思い、ビーチをあちらこちら歩いていて、疲れて休んでいたら、背の高い欧米の男性が話しかけてきた。覚えてる?というので・・・お城にいたよね!・・・・で思い出し、あの時はどうもって感じだった。彼は奥さんが先に帰ってしまったらしく、まだ北キプロスにいる予定だと言っていた。イギリスの方で奥さんはフランス人で、翻訳の仕事をしていると言っていた。短いながら談話して、彼ももうギルネに帰ると言うので、ギルネまで送ってあげるっていうので、一緒に来たトルコ人もどこかに行ってしまったので、これは仕方ないと彼にギルネまで送って貰った!そして今夜19時にサッカーの試合を市内の或るバーで見るから来ないかと誘われた。行けたら行くねと私は車を降り、宿に帰った。するとかなりの疲労のせいかそのまま眠り惚けてしまった。そして目が覚めるともう20時を過ぎていて、もう遅いと思い、行こうとしたが、結局近くの商店まで行くのが限度だったので行けなかった!一緒にビーチまで行ったトルコ人ともそれきりだった。それが北キプロス最後の夜の出来事で、あとはぐっすり宿で眠った。そして翌朝バスに乗りトルコ本土の向かう船の所まで行き、偶然新たに日本人の方が来たので北キプロス良かったよ!頑張ってね!と激励を与え、出国手続きをし、北キプロスを後にした。その船の中、座席に座りながらずっと頬杖をついて、キプロス島での日々を回想していた空しい秋だった。

秋の頬杖
北と南とでは キプロスの島では
夏と秋のように 時の流れ違う

それぞれ何か正しいのか
お互い意地を張りすぎて
 
First war! 泥仕合に
First cut! 別の国に
ひとつになれずに

悲しい結末を創って
二度とは分かり合えずに

訪れた旅人 掻き乱すニコシア
二つの国の町抱きしめ
夏に取り残され 秋に頬杖つく
そんな旅人たち もっと不意に招く・・・・

テーマ : 海外旅行記
ジャンル : 旅行

ジャマイカン・ブルー パート2〜青い珊瑚礁からブルー・マウンテンへ〜キングストンは危険な町〜ポート・ロイヤルが好き〜さらばジャマイカ〜

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朝、モンテゴベイ(ジャマイカ語ではモンベイ)を出発して、何度か乗り合いバスを乗り換えて、オーチョ・リオスにやっと着いた。朝の冷めた暗い空はカリブの島とは決して思えないほどだった。バスの運転手が君は何処に行くの?と聞くので、安い宿を探してると言うと彼の知り合いを紹介してくれた。そして行ってみると、なかなかいいところだったが、問題なのは宿代で、3日泊まると言ったら40ドルと交渉も出来、そこに泊まることになった。その後、宿のオーナーが市内への行き方とかいろいろ教えてもらった。この日は天気がさっぱりだったので、市内へ約2キロを歩き、ブラブラして過ごした。次の日は天気が良かったのでいろいろ市内と海沿いのビーチを昨日よりも楽しく歩けて、ショッピング・モールとかも立派でクルーズ船が立ち寄るから観光客で溢れていた。ユニークなのは風車みたいのがあったり、建物もカラフルで散策を更に楽しくさせるところだった。ここにもボブ・マーリーの銅像があり、観光客に人気だった。いかにもジャマイカンっぽい教会もあり、ところどころにある古い建物もこの町にアクセントを掛けていた。マーケットも面白く、モンテゴベイより煩い人にも捕まらず、のんびり過ごせた一日だった。その次の日にはオーチョ・リオスの町、港、海を見下ろす高台に乗り合いタクシーで向かった。見事な青い海にちょうど寄航していたクルーズ船、町並みすべてが映えて、見事な絵葉書の風景がそこにあり、うっとりした。そこには当時、余り人はいなかったが、団体の年配の欧米人たちが次々やってきてはその眺めを見て去って行った中。私は暫くそこにいて、その贅沢なカリビアンな風景にうっとりしていた。地元の人もフレンドリーに声を掛けてきて、日本人?と聞くとはいと答え、日本人は礼儀正しいから好きだよととても好意的だった。中でもヤギを連れたカラフルな衣装の男性は、観光案内の冊子にも登場するらしく、良ければ写真を撮ってもいいんだよ!お金要求しないから、マイ・フレンド!と云われ、お言葉に甘えて写真を押し、そこに当時いた地元の人と、その風光明媚な景色を見ながら少し語らったのは新鮮だった!いつも足早で行動する私にとって、リラックスできた瞬間だった。しかし、もうそろそろ町に戻らないといけないと思い、試しにまたやってきた団体ツアーのガイドさんに、市内に行くなら、乗せてってほしいと言うといくら呉れるの?と云われ、さすがジャマイカと頷いた。そこまで乗り合いタクシーで来たものも、他に乗客がいなければ、かなりの高額になり、一人だと更に吹っかけてくるのは百も承知だった。地元の人は歩いてでも行けるが、君は外国人で地元の悪に狙われると言われた。確かにここに来る前は地元の人に、必ずタクシーで行きなさい!でないと襲われると忠告も受けていた。だからこそ、帰りはかなりシリアスになったが、誰かに頼むのもジャマイカでは考え物!それに早く市内に戻りたい!他に乗客が現れる様子もないので、私は自力でそこを降りようと決意した。そして恐る恐る高台から降り出し、いきなり地元の悪が襲ってこないように四方八方気を配り、ちょっと怪しいと思ったら隠れればいいと、高台を来たルートを思い出し、降りてみた。暫く順調で、もう少しと頑張り、何の油断もしてはいけないと目を見張り歩いていると、地元の子供がいた。学校帰りか、鞄を持っていた。でもここはオドオドせずに正々堂々と歩いてたら、一瞬私に気付き、近寄って来そうだったけど、結局、家の向かったのか、その子供の姿は無く、更に油断は禁物と山を降りていくと商店が見えてきて、段々町に近付くんだなぁと分かり、市内へ続くメインロードに辿り着いたところで、やっと安心できて、歩いていたら一台の車が止まり、わずか数キロだったが、心配要らない、お金など要らないから乗りなよいうので、嫌な雰囲気も無いので乗って市内まで送って貰った。そして折角の機会だからこの後に見たかった森の妖精について聞いてみた。森の妖精とは昔ジャマイカにいた森の妖精が今も宿っていると信じられて、地元の人が森の葉や花を使い、衣装にして、それを纏っているので是非見て見たいと思っているので、どうしたら見れるか地元の人にも声掛けて聞いてもらった。そしてそれが見たいなら朝に行くべきで、今(午後)では遅すぎるということで、その運転手が明日、私をそこに連れてってあげるよと言ってくれた。しかも明日はポート・アントニオに向かう予定であったので、私の状況を考慮してくれた。そこでその日、最後の一日を過ごし、翌朝彼が宿まで来てくれて、私は荷物をすべて持ち、その森の妖精を見に行った!観光客向けでも、見てみたかったので、その場所に行くと、やはり居て、二人居て、どちらも写真で撮らせて貰った!全部その森で採ってきたもので出来てるから凄かった!かなり重いんだけど、さすがこれをお仕事の一環にしているので彼らの意気込みに感服して、チップをあげて、通り沿いだったので車の往来が多かったのもあり、すぐその場から去り、また市内に送ってもらい、ポート・アントニオへ行く乗り合いタクシーの所まで案内してくれて、そこで私を降ろしてくれた!凄いいい人にまたジャマイカで出会うなんて!ジャマイカに来たことに幸せを感じた。そしてそこからポート・アントニオに向かった!
この道中が、かなりの悪路で凸凹した道路が乗り心地を更に悪くさせた。余りに上下に揺れるので、地震が一気に来たかの勢いで車の屋根に頭が何度もぶつかった。ジャマイカに来てから何度か揺れはあったけど、これほど激しくは無かったので、正直言ってどこまで耐えられるか自信は無かった。そんな所で、ポート・アントニオと書かれた何処かのお店の看板が見えた。もう少しで着くの?と聞くとウンと言うので、一応ジャマイカなので、決して正確ではないけど、もう近付いてきてるのは確かだったので、我慢して揺られていると、やっとポート・アントニオの市内に辿り着いたらしく、着いたよと運転手に教えられて、終点だったので、そこでみんな降りた!私はまた初めての町だったので、ロンリープラネットに載っているポート・アントニオの中心の地図を見ながら安宿の集まる小高い丘に行こうと思ったが、その辺りでもどこかないかと聞くと丘の上の安宿に比べると割高で設備も悪いし、ツーリストはみんな丘の上に行くんだよという地元の人の言葉で、ついに重たい荷物を持って丘に登ることとなった。その丘は港に突き出た感じで聳えていて、昔からある古い町並みがあり、ポート・アントニオでも屈指の歴史地区だった。だから険しい坂道を登り丘に登ると古くからある素敵な建物に目を奪われた。小さな地区だったけど、趣ある家並みの様子は滞在するのに楽しくなる所で、まずは数軒ある安宿をチェックし、ぼらない宿を選んだ!そこはまるで旅館のように玄関が広く、4日泊まるなら1泊6ドルでいいと、簡素な部屋だったけど、扇風機もあり、暑さは凌げると即決した。そして部屋に荷物を置き、丘を降りると、何とモンテゴベイで一緒だったドイツ人が他の観光客を数人引き連れて歩いていた。どこ泊まっているの?と聞くと同じ宿だったのでまた後でとその場を去り、私は市内を散策した。この町にも素敵な教会があり、そこに立ち寄ったり、港に入り、かつてハリウッド映画で活躍した名優エロール・フリンがこの町を気に入り滞在してたことから名づけられた豪華なヨットが立ち並ぶマリーナをその日見て回り、その日は終わった!その次の日も市内散策をしてその後すぐに郊外のビーチを訪れながら、古いアメリカ映画・青い珊瑚礁でロケ地に使われたブルー・ラグーンへ向かった。映画で見た通りの風景が辺りに広がり感動的だった。ブルー・ラグーンはその名の通りではなかったが、素敵なところで、ジャマイカ観光でポピュラーであるいかだに乗って、その辺りを周った!それから近くのリゾートにも立ち寄り、夕陽が沈み、暗くなるまでそこにいて市内に戻った。そしてその次の日はブルーマウンテンに行きたかったので、旅行代理店とかに行ってツアーで行こうと思っていたけど、参加者が居なくて私ひとりだった。だからその日誰も居なかったなら、ひとりでも行こうと決めていた。その次の日がその町に居られる最後の日だったから!そしてその旅行会社に閉店間際に行きその旨を伝え、明日行きますと言ったら、すぐ手配をしてくれた。明日朝8時にここに来るようにと言われ、ツアー代金を先に支払った!ひとりなので高かったけど、明日しかジャマイカでの旅の日程上ブルーマウンテンに行かれないと分かると迷いは吹っ飛んだ!そしてその次の朝、そこに行くと、ちょっと遅れてガイド兼運転手がやってきた。日本人だったのですぐに私だと気づき、4WDの車にエスコートしてくれた。そしてブルーマウンテンの向けて出発した!ポート・アントニオから山道を登りひたすら長い時間を掛けてブルーマウンテンの麓に到着!そして雲に覆われたブルーマウンテンを更に登って行くのだが、段々道が道で無くなり、運転手は暴走し出した。しかも車は道なき道を行くもんだから余りの悪路でかなり揺り動かされた!でもそこは地元のプロの運転手でブルーマウンテンのガイドだったので、迷わずひたすら数時間で珈琲のプランテーションで溢れるブルーマウンテンの豆の採れる農場に霧に抱かれながら辿り着いた!着いたときはホッとして、お尻が痛かったので歩くのが辛かったけれど、休憩場所でウェルカム・珈琲を頂き、天候が山頂付近で悪く、寒かったことも然ることながら心温まる程の余りのおいしさで元気を取り戻した。そして近くで農場のスタッフが豆を煎っているのに気づき、その強烈なほろ苦い匂いに温もりを感じたが、すぐに煎ってるところから出る煙に目が染みて辛くなった!丁度その時、キングストンからもドイツ人の観光客が4人ほど登場して一緒に珈琲のプランテーションを見に行った!そしてどのように収穫されるか伺い、赤く成ってる珈琲豆を見ながら、地元の方が収穫している様子を浮かべながら、モヤモヤしている周りの曇った景色を打ち消して肌寒さを紛らせた。そしてまた休憩場所に戻り、また珈琲を頂き、お土産に500グラムの豆が詰まった1袋を購入して体を温めてたら、何と雨がかなり降り出し、折角のブルーマウンテンが台無しになった!晴れていたらよかったのに!もっと山が周りに見れたのにと思いながら、また豆を煎ってるスタッフの所に行き、その光景を見てはここに来てよかったと自分自身に納得させている自分がいた。降り続く雨の中、折り畳みの傘を持参していた私はその辺りをまたウロチョロして、もう降り止まない雨に絶句した。キングストンから来たドイツ人たちはとっくに帰ったのに、まだそこにいる自分を哀れみながら、とうとうブルーマウンテンを後にする勇気が生まれ、運転手にもうそろそろ山を降りようと告げた。そしてすぐさま、車を走らせる準備をしてくれて、私はプルーマウンテンのスタッフに手を振り見送られながら山を降りてブルーマウンテンからおさらばした。そして山を降りて早速、かなり遅いランチを取り、ジャマイカ名物のジャークチキンを頂いた。そして市内に着き、運転手と別れ、私は最後のポート・アントニオの夜を過ごすこととなった!夕暮れ時この町の港や町並を歩いていると、明日にはこの町を出てキングストンに着いてなければならない!という当時のジャマイカでの旅の日程にジレンマを感じた。この町はもっと居たかったのに、そうもいかないので悲しくなった。そして次の日の朝、旅立ちたくない気持ちを抑えて、キングストン行きの乗り合いバスに乗り、ポート・アントニオを出発した。
 そこからキングストンへは約二時間くらいで、北から南と昨日行ったブルーマウンテンの横を横切って山を越えて行くのだが、これまた道が悪路できつかった。そしてやっと山を抜け、海が見え出した。もうキングストンは近いと期待と不安を感じ始めた。そしてキングストンまで数キロとサインが見え、とうとうキングストンに来たんだと感動した。かつてジャマイカ出身のハリーベラフォンテが歌ったさらば、ジャマイカの歌詞に出てくるキングストンで、バナナ・ボードと言う彼のもうひとつのヒット曲も、モンテゴベイで沢山バナナ・ボードを見かけたのにキングストンに来ると余計イメージが拡大して、ボブ・マーリーを一時忘れてしまったほどである。でもバスの中でもボブのレゲエが引っ切り無しに流れていたので、すぐレゲエ・モードになってしまった。ともあれキングストンの市内に入り、中心へ向かう大通りでじっと右側にケンタッキーをまず探した。実は以前、モンテゴベイに居た時に予約した日本人の女性が経営している日本人宿がその近くだったからだった。モンテゴベイで会った日本人がその宿に泊まっていて、キングストンに来たら、そのケンタッキーのあるところで降りれば5分くらいで歩いていけると聞いていたので、下手に治安の悪い中心地にあるバス・ステーションに行くより、途中で降りたほうがよっぽど効率的し、安全だというので、そこで降ろしてもらうように運転手に予めお願いしていた。そしてそのやり取りを見ていたらしい同乗していた人がKFC(ケンタッキ)だよ!言うので、KFCはこの辺でここだけだよね?と念を押すと、みんなそうだよというので、これは間違いないと、すぐさまそこで降ろして貰い、その日本人宿まで歩いてみると、近所の人が慣れた感じであっちだよと何も聞いてないのに教えてくれるほどで、いかに沢山の日本人が来ているんだなぁと実感した。そして住宅街の隅っこにあったその宿に到着して、オーナーの日本人女性が居て、今日から3日の滞在を予約した者ですと名前を言ってチェック・インをした。なかなかいい感じのところで、既に数人日本人の方がのんびりとリビングで本を読んだり、談話していた。そして宿の規約とかを聞かされ、ドミトリーの一室に通され、入るとまた日本人の若者が数人レゲエのレコードを昼間からかけていてノリノリだった!やはりジャマイカに来る日本人は一味違うと感じた。ともあれ、荷物も部屋に置き、市内へ出かけようとすると、タクシーは使わないの?というので、私はバスで行けるからというと、ここはキングストン、危ない町だから、タクシーが一番安心だよというけど、ひとりだとぼられるし、バスで来たし、四方八方気をつけるからと私は市内までバスで向かい、キングストンの中心を散策した。これと言って見所はないけれど、素敵な博物館があるので、バス・ステーションから海沿いの道を歩き、その博物館を訪れた。結構見るものがあり、見ごたえある絵画、彫刻、装飾品とかで2時間以上もそこに居て見学してした。それから海沿いに出て見ると、余りパッとしなくてまた中心へ戻り、その日はあっけなく終わった。そして次の日はまた市内に行き、ポート・ロイヤルへのバスをチェックしたリ、少しぶらぶらした後、公園やジャマイカの歴史博物館とかいろいろ寄り道しながらボブ・マーリー博物館に足を運んだ。ボブの軌跡を新たに辿り、その偉大さの感動した。そして見学がある程度終わり、館内の庭でのんびりしてるとそこに職員の老人が現れて、その方が昔ボブがお世話になった叔父さんで、これからフレンチ・タウンに行かないか?と誘われた!フレンチ・タウンと言ったら、一番危ない所だよ!そんな所いけないよ!何かされるに決まっているよ!と言うので、私はフレンチ・タウンで顔が利くから君を守ることが出来ると言い放つので、それでもフレンチ・タウンには行けません!ごめんね!と言ってその場を後にして、最後にボブ・マーリーの銅像に一礼して、それから交通手段に慣れないのできっと迷うので、一度、中心街に乗り合いバスで戻り、そこから暗くなる前に宿の近くまで行ける様にした!キングストンは暗くなるとかなり怖いので夜は歩かないようにした。歩いても宿の近くのKFC辺りだったので、キングストンに居た時は何も危ないことは無かった。ただ宿に泊まっていた日本人が何かしら被害に遭うらしく、油断が出来ない状態。多分彼らのほとんどがディスコとか夜のイベントに毎晩行っていたので、トラブルがあちこちで絶えなかったのでしょう?タクシーの運ちゃんとも揉めてたり、知らない人が宿に近付こうとしていたから、オチオチ安心も出来ない。だからこの宿は重厚の門で厳重に管理されて、金網も敷かれていたんだと改めて納得した。ただ治安維持の為ではなく、変な人の侵入を防ぐものだった!ともあれ市内でカメラを持って歩いていた時はドキドキだったけど、普通に堂々と怖じ怖じせずにしてたら何も無くてよかった!でも他の日本人でいかにもオドオドしている人もいたので、実際はどうなのかなぁ?こればかりは当人の運だと思う!いくら気をつけてても危ない目に遭うし、気をつけてなくても平気なこともあるから。
 そして次の日はカリブの海賊で有名なポート・ロイヤルに向かった。バスに乗ってキングストンを出たバスは空港経由でポート・ロイヤルに着くので、約一時間掛けて向かうと、この小さな町はまたまたのんびりとした町で落ち着いてて今まで行った町の中で一番好きな感じだった!でもひとりになると危険なので油断は禁物で、まずは市内を散策しながら一番の見所のポート・ロイヤル・フォート(チャールズ砦)を訪れ、内部の博物館とか大砲を沢山見たり、ここならではのギディハウス(目眩がする家)と呼ばれる地震でかつて斜めに傾いた爆弾貯蔵庫があったりして、見ていて飽きない所で数時間も居てしまった。当時、中に居た時、キングストンから子供たちの遠足が頻繁にあり、私は子供たちから人気者になっていた。私も彼らが可愛かったので写真を撮らせて貰ったりした。楽しいひと時をその砦で過ごせてよかった。それからそこを出てまた町をぶらぶらしながら、是非行ってみたかった無人島のライム・キーが気になったので、そこに向かう船が近くにあると聞いて、いろいろ訪ねてみたら、その辺りで一番大きなホテルがあって、そこに行くと船があり、その島に行けるよというので、そのホテルに向かった!そこでライム・キーに行きたいんだけど・・・と言うと、ここでチケットを買えば行けるよ!と言うので早速チケットを買った。カクテル付で、船が出る前の待ち時間に頂けるので、コカ・コーラとリキュールの混じったものを注文して、その味が更にライム・キーへの思いを駆り立てた。そしてすぐ船の準備が出来て、ライム・キーに向けて出発した。カリブ海の爽やかな風を受けて、見えてきた無人島の姿に感動し、あれがライム・キーと言うとそうだよと言うのでその瞬間を即座にカメラで捕らえた。そして船は島に近付き、小さな無人島ライム・キーに念願の上陸!既に数人観光客が居たくらいで、混んでなくてよかった!週末に来ていたら凄い人らしいと聞いていたので、週末を避けて来た甲斐があった。この島は20分くらいでほとんど歩けるので、四方八方心地いい風を受けて気持ちが良かった!そこで一時間くらい、のんびりしてポート・ロイヤルに戻り、一気にキングストンに舞い戻り、午後は郊外の植物園や動物園に赴き、巨大の根っ子の木や見事に羽根をジュディ・オング並みに広げた孔雀を見たあとは、キングストン大学に入り、有名な大きな壁画が野外にあるので見に行き、市内で帰る途中、路上でレゲエ・ライブをやっていたので、見に行ったりした。日本人の方も結構いて、そのライブは多くの人が楽しんでいた!実はこの日がジャマイカ最後の日となったので、これはいい記念にもなった!そして夕方暗くなる前に食事を済ませ宿に戻り、明日の早朝の便で空港に行かないといけないので、オーナーに空港までの車の手配してもらい、荷造りを始めた。その時も部屋にいた他の日本人の若者はじっとレゲエのレコードをまた聞いていた。いつも部屋にいるとこんな感じで、ずっと部屋でレゲエを四六時中も聞いてるようだった。真夜中もそうだったので、彼らが寝ているところは一切見てなかった!ともあれ、滞在中、オーナーが毎朝出してくれたジャマイカン・スタイルの朝食はもう食べれないと思うと悲しくなったが、明日の早朝発たねばならないと思うと仕方ないことだった。そしてこの晩は、早く寝て朝方4時30分に宿のスタッフが車を出すからフロントに来るようにと言われていたので、すぐ出れるように待っていたら、ちっともそのスタッフが来なかったので焦った!だからスタッフが毎晩常勤している部屋があったので、そこに押しかけて空港に今すぐ行かないと乗り遅れると叫ぶと、慌てて車の準備をした。そう私は忘れられていたらしい!これもジャマイカ!ここに来たからには乗り越えなければいけないものだった!ともあれ、文句も言ってる暇も無く、空港に急がねばならなかった!そして早朝だったせいか渋滞も無く、車はスイスイと空港へとたどり着いて、何とか搭乗二時間前ギリギリで着いた!とにかく間に合ったので、結果よければ良しとし、そのスタッフを責めることなく、次の目的地のキューバに向けて心機一転となった。
だけど、チェックインの時、私は間に合って問題は無かったけれど、それから20分位した辺りでこれからチェックインを終了しますと空港スタッフが云うと、その場の空気が一気に硬直した。そこに運悪く遅れてきた欧米からの観光客はあっさり受付できないと言われて四苦八苦していた光景を目の当たりにした。ここジャマイカは容赦なくチェックイン時間を予定よりも早くクローズし、一切受付をしないんだとはっきり分かり怖くなった。今までこんな事は見たこともなかったので驚きだった!ともあれ、私の番が来て、チェックインを始め、キューバのハバナに飛ぶこととなった。私がジャマイカにいた2週間は、いろんなことが起きて大変だったけど、無事に何事も無くジャマイカで過ごせて何よりだった!

テーマ : 海外旅行記
ジャンル : 旅行

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angelintheworld

Author:angelintheworld
映画旅情や兼高かおるの世界の旅で旅心に火をつけられて旅を続けている私。いつ日か旅は私の人生の糧となり、宿命のようなものとなった。そんな折私の傍で旅を見守ってくれたのは私の守護神だった。しかし不明確だった存在が或る日、モンサンミッシェルを再びいつになく雲ひとつない青空の中を訪れた時、フランスの大天使サンミッシェルであったことが分かった。彼が私の守護神であったと・・・・

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